嵐山散策

昼食の後、自由行動となったので、天龍寺へ。世界遺産に指定されているだけあって庭園は見事であった。
出来れば紅葉の季節にあの庭を見てみたいと思わせるような美しさである。それから、竹林を抜けて*1大河内山荘にでも行こうと思っていたのだが、入るのに1000円掛かるという、門前からして既に高校生はお断りの雰囲気が漂っていたので、その先の常寂光寺へ。もらったパンフレットによるとこの寺を建てる場所を提供したのが、あとでその像を見つけることになる角倉了以らしい。そして、その開山の上人は角倉了以大堰川の開発に際し、瀬戸内水軍を派遣してその事業を援助したらしい。ここは多宝塔以外大した見ものがない寺であったが、そこから見える景色は素晴らしい。*2
集合場所へ歩いて行く途中に亀山公園という公園があり、その中に先述の角倉了以の像が立っていた。
先日購入した日本史B用語集―A併記(p.159)によると

角倉了以 すみのくらりょうい 1554-1614
京都嵯峨の土倉である角倉氏の一族。朱印船貿易家。糸割符商人の一人。大堰川(保津)・富士・天竜高瀬川などの水路開発にも貢献。子の素庵も朱印船貿易に従事。角倉船を描いた絵馬が清水寺にある。

ちなみに教科書、すなわち山川詳説日本史B(p.188 l.7)では

内陸部の河川舟運も物資輸送の中心を担い、角倉了以による富士川高瀬川などの開削によって新たな水路が開かれた。

と名前の部分がゴシック体で書かれている。単なる爺さんではなかったのである。
それから、時間が余っていたので安部清明の墓を見て来た。正直なことを言ってしまおう、行く必要は全くなかったと断言できる場所である。

*1:これだけうっそうと繁る竹も珍しい。雨が降ったりやんだりの天気だったから多少くらいのは分かるが、晴れている時でもかなり暗いのではないか。

*2:もっとも晴れていればの話だが。