受験とは

そういえば今日、日本史の先生が、「私が浪人*1の時分、ある日突然夜の11時頃に物干し竿に登って『馬鹿ヤロー。』と叫んだように、受験とはある意味気が狂う一歩手前まで行かないといけないのである。」と言っていた。そんなことをするのは明らかに奇怪な人物であろうが、皆はまだそんな状態にまで行ってないだろうから、まだまだ頑張れるということを彼は言いたかったようである。また彼は、「受験とは大人になるための通過儀礼の一つである。」とも言っていた。つまるところ、受験とは気が狂う限界にまで自分を追い詰め、自らの忍耐力を鍛えることに他ならないということになる。やはりまだまだ努力が必要であることを改めて認識するに至った次第である。

*1:なんでも団塊の世代で子供の数が半端なく多かったから、同じクラスで現役合格を果たしたのはたった一人だったという。